【件名:ゴール裏にいます】
千尋ちゃんを車から降ろし、荷物を持って階段を登った。小さな手がギュッと僕の手を握りしめる。
「大丈夫だよ?怖い物なんて何にもないからね」
『メゾン・ciel』の301号室の前まで来ると千尋ちゃんは手を離し、通路側の手摺りから下を覗き込むようにした。
「どうしたの?何かいる?」
僕も真似て下を見ると、沙希ちゃんが走って『メゾン・ciel』に駆け込んで来るところだった。
(千尋ちゃん、沙希ちゃんに気付いたのかな?・・まさかね・・)
部屋の鍵を開け、沙希ちゃんが階段を駆け上がる音を聞いていた。
足音が段々と近付き、千尋ちゃんは僕の背後に隠れてしまう。
『ダン!』
音と共に沙希ちゃんが3階の通路に姿を現した。
「ハァハァ・・く、車から二人の姿が見えて・・急いで来ちゃった・・ハァハァ・・」
「そんなに急がなくても逃げたりしませんよ」
笑いながら言う僕の言葉を無視するように沙希ちゃんは僕の前に屈み込み、千尋ちゃんと同じ目の高さになった。
「こんにちは!沙希です!今日はよろしくね!」
差し出された沙希ちゃんの右手を恐る恐ると言った感じで握る千尋ちゃん。
「沙希ちゃん、言ったように千尋ちゃんは――」
「分かってるって、何度も言わなくて良いよ。ねっ、千尋ちゃん!」
やっと笑みがこぼれた千尋ちゃんを見て、
「かーわいい・・こんな子供なら欲しいな・・」
感嘆な声で一人つぶやく沙希ちゃんだった。
「中に入りましょう」
僕に促されて三人で玄関に入る。
僕は部屋の淀んだ空気を払い出すために真っ直ぐ寝室に向かい、ベランダ側の窓を全開にした。
10月の風が部屋の中に流れてくる。
「とりあえず僕は着替えますね。適当に――」
言いかけてリビングを覗き込むと、二人はソファーに腰掛けて、沙希ちゃんが千尋ちゃんに絵本を読んであげていた。
(・・何も心配する事は無かったな・・)
二人の姿を後ろから見遣(みや)りながら、僕はネクタイを外した。
「またいっぱい借りてきましたねぇ・・」
リビングに置いてあるテーブルに重ねられた絵本は10冊以上ある。
「うん、でも・・」
沙希ちゃんは浮かない顔だった。