かえりみち
由紀子が顔を上げ、卓也を見た。
思いつめたような、卓也の横顔。
「あなたも苦しんでいた事を、彼も知っていたはずです。歩くんは、あなたに自分の事を忘れて、幸せになって欲しかったんですよ」
「…」
「だから、…だから、姿を消したんです、まるで最初からいなかったみたいに。あなたが、…大好きだったから。」
歩の笑顔が、由紀子の脳裏に突然浮かんだ。
歩はいつも、私の様子を伺うように、私の顔をそっと見上げてた。
私がそれに気づいて微笑むと、安心したように見せる、あの笑顔。
私がコスモスが好きと言ったら、土手にコスモスが咲いている間中、何度も何度も摘んできてくれた。
私が「ありがとう」と言う、その度に見せるあの笑顔。
「ママ、大好き」
その笑顔の一つ一つが、そう語っていた。
笑顔の歩が、卓也の体を借りて自分に伝えているような気がした。
由紀子が、涙の浮かんだ目で微笑んだ。
歩の好きな顔になっていた。
「…ずいぶん、自信があるのね?」
卓也は少し慌てたように、付け足した。
「と、僕は思います」
バカね。
いなくなったって、忘れるわけないじゃない。
幸せになれるわけもないし。
だけど。
「…信じてもいい…?」
卓也が大きくうなずいた。
「はい。」
由紀子の目から、大粒の涙が落ちる。
「ありがと……」