かえりみち

由紀子がホールの中の迷路に迷い込んでしばらく右往左往しているうちに、廊下の向こうが突然にぎやかになった。

楽器を持った大勢の私服姿のオーケストラが、流れのようにこちらに向かってくる。

あぁ、練習が終わって戻ってくるのね。
ということは、この流れの川上がホールだわ。

由紀子はその流れに逆らうように進み始めた。
体の小さな由紀子でも、一気にやってくる大きな楽器たちと狭い廊下ですれ違うのはなかなかの一苦労だ。

「あれ?島田さんの奥さんじゃないですか」
流れの中で、声をかけられた。
一人だけ、手ぶら。
指揮者・井上だった。

「井上さん。いつもお世話になっております」

「・・・なんで今、ボイラー室から出てきたんですか?」

・・・そこは突っ込まないで下さい。
私だって、なんでだか分かりませんわ。
大ホールを目がけて歩いてたのに、いつの間にかいたんですから。

「主人に、彼の様子を見に行くように言われまして」
ボイラー室に入り込んでしまった言い訳はすっ飛ばして、由紀子は訪問の目的を述べた。

「あぁ、そうでしたか。どうぞ」
指揮者・井上に案内されて、大ホールの舞台袖にたどり着いた。

誰もいなくなり、イスだけが残ったステージ。
その真ん中に、動かない一つの人影がある。

卓也だった。

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