かえりみち

お見舞いは結局、何も買わないでしまった。
百合に贈るどんなものも、心を込めすぎてしまいそうで。
受け入れてもらえなかったらと思うと、怖かった。

お見舞いを何にするかもだが、百合と会うのは、あの雨の夜喧嘩別れをして以来だ。
どんな顔して会えばいいんだろう。
そのことも、卓也の足取りをますます重くしていた。

結局、お見舞いも顔つきも決まらないうちに百合の病室にたどり着いてしまった。

「タク!」
百合は、いつもと変わらない笑顔で卓也を迎え入れた。

よかった。
この間ひどいことを言って別れたのに、そんなこともう覚えていないみたいだ。
に、しても・・・

テーブルの上には豪勢な花々。
窓際には大きなテディベア。
卓也の気持ちはしおれた。
「ごめん、何も買ってこなかった」

「何もいらない。明日、退院だから。持って帰るの、大変だし」
・・・よかった、買ってこなくて。
百合はやっぱり、サバサバしている。

あの、雨の夜の会話が、時々突然、蘇ってくる。
「来るなよ!」
そう捨て台詞を吐いた自分を、泣き出しそうな顔で見ていた百合の顔も。

卓也は何を話していいか分からなくなって、テディベアの腕をいじりながら窓の外を眺めた。
窓の下に広がる緑地帯では、あちらこちらで患者が暖かい日差しとつかの間の自由を楽しんでいる。

「・・・明日、とうとうデビューだね」
少しの沈黙の後、百合が口を開いた。




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