かえりみち
「うーん。最初で最後になるかも」
「え?」
卓也がふっと微笑んだ。
「なんでだろう、ハルやユリの前では普通に弾けるのに。・・・でも。」
卓也の目つきが静かに変わっていく瞬間を、百合は見逃さなかった。
「明日は弾くよ。どうなっても、絶対に弾く。」
・・・タク。
無理はしないで。
「どうなっても」なんて、言わないでよ。
百合は、不安を押し殺して明るく振舞った。
「無理しないで」と言ったところで、今の卓也の心に届くとは思えない。
そうする代わりに百合は、にこっと笑って手を出した。
「お見舞い、ちょうだい」
卓也が、いつもの笑顔になった。
「あ、そうだ。じゃあ明日のチケットをあげる」
「もうもらったよ、島田さんから。一番いい席、もらっちゃった」
「じゃぁ、何がいいの」
「チェロ!」
「え?お父さんが作ったのが、まだいっぱいあるだろ」
「そうじゃなくて。チェロを弾いてよ、私のために」