かえりみち

病院の裏手にある、広々とした緑地帯。
ここは、患者さんやここで働く人たちの憩いの場。
日差しと風が気持ちよくて、目を閉じればここが病院だなんてこと、忘れてしまうほどに気持ちがよい。

百合はベンチの卓也の隣に腰掛けて、卓也がチェロの準備をし終えるのを待っている。
エンドピンをキュキュキュと取り付けたと思ったら、もう音階調整。
チェロの解放弦の音色が、百合の心の膜を体の底から揺らした。
卓也はチェロに触ると、いつも少しだけ顔つきが変わる。
優しい表情はそのままだけど、凛とした真剣な眼差しに変わる。
うん。タクはやっぱり、チェロを触ってるときが、一番かっこいいね。

「よし。で、何を弾いてほしい?」
突然、卓也が弾くのをやめて百合のほうを見た。
百合の目と合った卓也の瞳が、思ったよりも近かったので百合は少しドキッとした。

「・・・タクが、今弾きたい曲」
わたしはタクのチェロが聴ければ、なんでもいい。

ふいに、二人の女性看護師が百合の前を通り過ぎる。
二人にちらり、と冷ややかな視線を浴びせて。
その視線が、百合を一気に現実の世界に引き戻した。

< 148 / 205 >

この作品をシェア

pagetop