かえりみち

そうだった。
わたし、桜庭先生の婚約者という立場だった。
看護師の更衣室は、噂話のお披露目会場みたいなところ。
次期院長婦人が、若いチェリストとベンチで見つめ合ってたなんて、格好の話題になるだろう。
でも、いいや。
今までもさんざん、あることないこと言われてきたし。
わたしは別に平気。
タクのチェロが聴ければ、なんでもいい。

卓也が口を開いた。
「・・・ユリ。帰れよ、部屋に」

「え?」
タクまでそんな事言うの?
悲しくなって、百合は思わず卓也を見た。

卓也は、穏やかな顔つきのまま、上を見上げていた。



< 149 / 205 >

この作品をシェア

pagetop