心の距離
携帯の震える音で唇を離し、携帯に手を伸ばすと“社長”の文字が視界に飛び込んだ。

「社長だ…ちょっとごめんね」

彼女に一言告げた後、携帯を耳に当てた。

「お疲れ様です」

「おう。お疲れ。今暇か?」

「…微妙に取り込み中ですね」

「そうか。頼みがあるんだけど、すぐ会社に来てくれないか?」

「いや…あの…取り込み中なんですけど…」

「微妙なんだろ?すぐに来いよ」

「……わかりました」

渋々携帯を畳み、小さくため息をついた。

「…社長に呼ばれちゃった。またクレームの愚痴かなぁ…」

「頑張ってね…」

両手で口元を隠し、小さく笑った後、彼女は優しく告げながらキスをしてきた。

「…頑張ってくるね」

名残惜しさを振り切るように、彼女の体から離れ、彼女にちゃんと気持ちを伝える事も無く、渋々家を後にした。

こんな生活が毎日続いたら…

幸せと思える生活が毎日続いたら…

そう思っても、気持ちを伝える事すら許されない悲しさ。

気持ちを伝えられない悲しさよりも、確実に近付いた心の距離の喜びの方が、遥かに大きく感じた。
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