心の距離
一通り説明を終えると、社長が口を開いた。

「…瞬、社内恋愛禁止って嘘だぞ?ただ、ヒデの事もあるし…」

「良いんです。夢に出て来た人に、別れを言ってから起きる奴なんか居ないし…絶対、彼女の耳に入らないようにして下さい」

「…わかったよ」

社長はため息混じりに答え、タバコに火を点けた。

「…向こうに住むんだったら、車が無いと不便だろ?金はいつでも良いよ」

納得のいかない表情を浮かべながら告げる春樹さんから、車の鍵を受け取り、タバコに火を点けた。

もうすぐ夢から覚める…

タイムリミットまであと1ヶ月。

急な話だからと、住む場所は向こうが探してくれるらしいが、僕はそれを拒んだ。

はじめて一人暮らしをするのに、住む場所位自分で決めたい。

みんなにはそう言ったが、本当は違う。

彼女からの誘いを、断る口実が欲しかった。

彼女との約束を、破る理由が欲しかった。

約束を守れば、唇を重ねたくなる。

唇を重ねたら、心の距離が近付いてしまう。

心の距離が近付いたら、離れるのがもっと怖くなる。

単純過ぎる考えだが、全てを拒むには、それしか方法が思い浮かばなかった。
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