僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ


「……もういい?」


叩かれて赤くなった頬を触った凪が、颯輔さんを睨み上げる。


「それともまだ何か、言いたいことでもあるの?」

「……」


先ほどまで声を荒げていた凪はどこかへ消えてしまった。颯輔さんに平手打ちされて、泣きそうにも見えた表情までも。


凪は自分を叩いた颯輔さんの握り締められた右手を一瞬だけ見たようで、大きく溜め息を吐いた。


「あたしには帰っちゃダメ、自分は帰らない。みんなを連れてきたと思ったら次はだんまり? 何がしたいの?」


凪が颯輔さんを拒絶してることが、わざと悪態をついて遠ざけようとしてることが、伝わる。


……これじゃあまた、凪の思うつぼだよな。


「あたしが話題を振ってあげようか」


自分の足元を見ていた凪はそう言って、視線を向けた。


目の前にいる颯輔さんでも、その後ろにいる俺たち3人でもなく……。


「予定日はいつだっけ?」


凪に笑顔を向けられたのは、緑夏さん。


僅かに後ろを振り返ると、ひとつしかないドアの前に緑夏さんは立っていた。そこまで大きくはないけど、妊婦だって見れば分かる。


……彗の話を聞いた限りじゃ、一緒に住んでた時、緑夏さんと凪は仲よかったんだよな?


「まだ分かんないの? 十月十日っていうから……今何ヵ月だっけ?」

「あ……5、ヵ月……」


緑夏さんはお腹の前で両手を重ね、その表情はどこか戸惑っているようだった。


「ああ、じゃあもう堕ろせないね」


バネが弾かれたように目を見開いた緑夏さんに、俺のほうが驚く。


「5ヵ月以上経ってちゃ、パパの同意が必要だもんね?」

「凪ちゃ……聞いて……」


口元に手をあてた緑夏さんに、ザワリと何か嫌なものが背筋を這った。


……おい……ちょっと待て。なんの話だ。


凪を見ると、にんまりと口の両端を上げるだけで、その目は汚いものでも見るように細められていた。

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