私、海が見たい
しばらくして、突然明るい声がする。
恵子が海を見ながら、
「今日の海の色、特にきれいに見えるわ」
「ああ、ほんまや。きれいやなぁ。
でも色なんてのは、
見る人の、その時の心の状態で、
いろんな風に見えるんやないかなぁ」
少しして、少し曇った恵子の声がする。
「そうね……………。
私も以前に、子供が病気になって、
病院へ連れて行く時、周りの景色が、
まるでモノクロの映画のように見えたわ」
真冬。雪がちらつく、大きな川の岸。
ねんねこに子供を背負って、
川沿いを歩く恵子。
モノクロに見えるという事が、
どんな事なのか、
中村には、理解出来なかった。
中村は、どう言っていいのかわからず、
次の言葉が出せなかった。
恵子は、黙って海を見ている。
会話が途切れてしまった。
しばらくして中村が、重い空気を払うように
むりやり明るい声で、
「この先に展望台があるんやけど。
そこからやと、海がよく見えるよ。
どうする?」
「じゃあ、行きましょう」
恵子の声も明るくなった。