私、海が見たい

展望台。

うっすらとした夕陽が海を照らしている。

そこを、漁船がすじを引いて走っている。

恵子は展望台の手すりまで行って、
海を見ていた。

中村はやはり少し後ろから、
恵子を見ていた。

恵子は、飽きることなく、海を見ている。

恵子の後姿を見ながら中村はまた、
神戸のことを思い出していた。



  29年前。
  神戸、須磨浦公園。
  手摺に並んで、海を見ている二人。
  海が広がる。
  恵子が、隣の中村を見上げる。
  楽しそうな恵子の笑顔が、眩しい。

  帰り道、恵子は中村の腕に
  ぶら下がるようにして、
  楽しそうに歩いている。

  坂道を下りて行く、二人の後姿は、
  幸せそのものだった。



(もう、あの笑顔は、見られないんだなあ)

しばらくして恵子が振り返り、
中村の方へ歩いてきながら、

「あー、やはり海はいいわね。
 心が洗われる気がするわ。

 今日は十分海を見せてもらったわ。
 たんのうしたわ。
 遅くなるといけないから、
 もう帰りましょう?」


恵子が中村の前まで来た時、
中村は、上り道を歩いている時から
考えていて、言えなかったことを、
思い切って、言ってみた。

「お願いがあるんやけど………

 この下の、車の所まででええから、
 腕を組んで歩いてくれないかなぁ」


「いいわよ」


そう言って、
恵子は中村の腕にそっと手をまわした。

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