私、海が見たい
車が中村の家の前に着いた。
中村が後部座席の植木鉢を取りあげると、
ハンカチに気づいた。
(そうか、あの時、返すのを忘れてたんや)
中村はそれを無雑作に尻のポケットに入れ、
植木鉢を持って車を出た。
中村は、事務所に併設された離れに、
一人で住んでいた。
食事は中村の母が、母屋から、
いつも作って、置いてくれていた。
食卓には、食事が置かれていたが、
中村は食べようとしなかった。
食べなかったのではなく、
食べられなかったのだ。
それは中村にとって、初めての体験だった。
今日のことで、胸が一杯になっていて、
食事が、何の意味も持っていなかった。
(病気でもないのに、
食欲が湧かないなんて……)
不思議な気持ちで、食卓の食事を見ながら、
そのまま通り過ぎ、自分の部屋に向かった。