私、海が見たい

「あの人はきっと承知しないでしょうね
 体面を気にする人だし、
 子供も可愛がっているし」


「だったら、もう一度……」


「だからだめなの、どうしても……。
 あの人と私は、考え方が合わないのよ
 あの人には、私がなぜ、
 こんなことを考えているかは、
 わからないでしょうね」


「しかし、それは二人の努力で………」


「努力はしたわよ。でもだめなのよ。
 私があの人に合わせるだけなのよ。
 あの人は、私には
 合わせようとはしないから」


「でも、私が我慢して自分を殺せば、
 やっていけないことは
 ないのだけど……」


恵子はまた泣き出した。

己を殺して生きてきた日々を
思い出したのだろう。



  真冬。大きな川の岸。
  ねんねこに子供を背負って、
  川面をじっと見つめている恵子。



「そんなこと、せんでも、何か………」


恵子は、受話器を持ったまま、首を振り、
その意見を無視して、話を続ける。

「だから私、
 あの人と別れたいと思ってるの。
 でも、子供がいるでしょう。
 大切な子供なの。
 私は一生この子の面倒を
 みてゆかなければいけないの。

 だから、誰かほかにこの子を
 見てくれる人がいなければ
 私が我慢して暮らして行く
 ほかないのよ」


そう言って黙り込み、
中村の返事を待つ恵子。

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