【Transformation of Tony】トランスフォーメーション・オブ・トニー

優しさに包まれたなら‥



その後、5時迄に数名の
予約のお客さんが来店し、
麗子は雑誌を眺めながら‥
と言うより雑誌を眺める
ふりをしながらチーフの
姿を目で追っていた。

お客さんが居なくなると
アシスタントが気を利かせて
時々、裏からクッキーを
運んで来てくれたりもした。

麗子も《きっと邪魔なんだ
ろうなぁ》と恐縮するものの
此処がセーフティゾーンで
ある以上、外へ出る気には
なれなかった。

それから時刻は午後4時を
回り、最後のお客さんの
施術も終わろうとしていた。

『棚橋様、いつもお使いの
育毛剤‥此方にご用意
しておきますね!

髪にもハリが出てまいり
ましたねぇ?』

チーフが80歳近いと思われる
白髪のおばあちゃんに優しく
微笑みながら話している。

『もう、こんな皺くちゃの
老いぼれ‥何をしても無駄だと
解ってはいるんですけどねぇ‥
お若い人が羨ましいわ‥』

おばあちゃんがチーフの手に
支えられながらゆっくりと
座席を降り、呟いた。

『棚橋様、女性は幾つに
なっても、それぞれに
美しさを持っているもの
ですよ‥。

表情には、その方その方の
生きてきた証しが刻まれて
まいります‥ワタクシは
それも含めて、その方の
美しさだと思っているんです。

ですからそんな老いぼれだ
などと仰らないで
下さいませ。』

チーフがおばあちゃんの手を
両手で軽く握りながら
更に続けた。


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