【天の雷・地の咆哮】
物心ついたときから、自分の護衛として四六時中傍についている男。
それなのに、話しかけても返ってくるのは、はいとか、いいえとかの短い言葉のみ。
ひょっとしたらしゃべれないのでは、とか、頭が足りないのだろうかとか考えると、
幼いながらに話しかけるのがためらわれた。
近頃では空気の様な存在で、いようがいまいが、まるで気にしていなかったのだが。
「待って、ホーエン」
まだ震えのおさまらぬ体で、ヴェローナは蚊の鳴くような声を出した。
今まさに、部屋から出ようとしていたホーエンが、
聞こえるかどうかのか細い彼女の声で、その場に縫いとめられる。
「ありがとう。ホーエン。
マルスを。私を助けてくれて・・・」
振り向かず、その場に立ち尽くすホーエンに、ヴェローナの澄んだ声が礼を述べる。
一瞬、大男の背中が、びくりと揺れたような気もしたが、
ホーエンは振り返って一礼すると、何も答えず大またで部屋を出た。
・・ホーエン?
しかめっ面をしたいかついホーエンの瞳に、わずかに光るものが見えた気がしたが、
そんなはずがないな、とマルスはそのことをすぐに忘れてしまった。