紅芳記
夜、そろそろお二人も落ち着いただろうという頃、殿は源次郎殿を呼び出されました。
「源次郎、単刀直入に聞く。
そなたの側室とやら…。
関白様のご息女らしいな。」
「…ご存知でしたか。」
源次郎殿は、参った、と苦笑して頭を掻きました。
関白、豊臣秀次公は太閤殿下の甥に当たり、鶴松君ご逝去を悲しまれた太閤殿下から関白の職を譲り受けた方でございます。
しかし、淀の御方様がお拾君…つまりは太閤殿下の跡取りに相応しい直系の男子を産み落とした故、その立場が危うくなり、秀次様としては一人でも多くの味方が必要なのでございましょう。
源次郎殿は、その一人。
太閤殿下の息のかかった利世殿から、寵愛を自分の娘に写しさえすれば…、ということなのではないでしょうか。
「そなたは如何するつもりじゃ。」
「お清はまだ、十二でございます。
何よりも、若すぎる。
折を見て、お清が私を見限ったなどと言って暇を与えるなり他家へ輿入れし直させるなり出来ましょう…」
「できるか?」
清姫を手放し、利世殿を取る、ということは即ち、秀次様よりも太閤殿下を取る、ということ。
もちろん、情がわいてそのままに、ということも考えられが…。
清姫を手放せば、明確に秀頼君を豊臣の跡取りとして真田が押すということを示します。
「ま、先はどうなるか分からぬ。
女子の身では、限界もあろう。
太閤殿下の動きを見て、じゃの。」
「は。」
「小松、利世殿と清姫の事、つつがなきよう奥向きを頼むぞ。」
「承知いたしました。」
私は軽く頭を下げます。
殿は侍女を呼び、酒を用意させました。
「たまにはよかろう。」
「でしたら、兄弟水入らずになされては?
私はこれにて失礼つかまつります故。」
私は席を立ちました。
源次郎殿はふざけて、
「そうですか?
兄上、そう致しましょう!」
と申され、殿も
「…小松が申すなら……」
と仰せられましたので、私は一足先にその場を後にいたしました。