約束
 木原君はどう思っているのだろう。彼ぐらいだと一人暮らしのほうが当然いいだろう。

 そこまで考えたとき、さっき彼の前であからさまに驚いたような態度をとってしまったことを思い出す。彼の本心がどこにあろうが、あの反応はまずかった気がする。そんなことを考えると落ち込んできてしまった。

「どうかした?」

 女の子顔負けの長い睫毛が私の目に飛び込んできた。その奥にある澄んだ強い光を宿す瞳が、心配そうに私の顔を覗き込んできたのだ。

「なんでもないの」

 心臓がいつもとは違う鼓動を刻むのが分かった。思わず顔を背ける。できるだけ直視しないようにしていた努力も無駄なものとなってしまっていた。彼と私の距離は一歩ほどしかなく、私の心音を聞かれてしまうんじゃないかと思うほどだった。気休めに、足を一歩、後方に進ませた。

「本当に大丈夫だから」

 こんなんじゃ一緒に住むなんてできるわけない。

 どう考えても木原君には私が嫌がっているとしか映らないだろう。

 彼のことが好きか嫌いかと言われたら好きだと思う。でも、彼と一緒に住むなんて、お風呂やごはんも一緒で、今のように彼の顔を至近距離で見ることもあるということになる。そんなの心臓に悪すぎる。

「お茶でも持ってくるね」

 そう言い残し、出て行こうとした私に木原くんが呼びかける。乱れた呼吸を深呼吸をして整え、肩越しに彼を見た。

 木原くんは柔らかい笑みを浮かべていた。
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