i want,
「…遅いわ」
渡り廊下の端に立ったあたしに、小さく笑って言った。
それはこっちのセリフだと言いたかったが、言葉が追い付かずに言うことができない。
…ヒカルだった。
渡り廊下の端、いつもの場所に座っていたのは、紛れもなくヒカルだった。
あたしは言葉を忘れたまま、しばらくヒカルを見つめていた。
表情があったかどうか、正直定かではない。
「何しよんけ。こっちきぃや」
どれだけそのままの状態でいたのだろう、ヒカルの呼ぶ声ではっとして、なるべく平然を装って近づいた。
一歩足を動かす度、心臓のスピードが速まる。
ヒカルの目を見ることができないまま、少し間をあけて隣に座った。
懐かしいヒカルの香水が香った。煙草の香りは、しなかった。
「久しぶりじゃの」
ヒカルが言った。あたしは顔を上げて、ヒカルの方を見る。
前髪が伸びていた。その下の瞳は、何一つ変わっていなかった。
うるさい心臓を必死に抑えながら、「うん」とだけ小さく呟く。
そんなあたしに、ヒカルは方眉を下げて笑った。