雨降りでロリンズ
一瞬、男の表情が酷く驚いたようになった。

次に、見開かれた両の目に、
痛みとも悲しみともいえない色が浮かんだ。

なんと大袈裟なと内心思いつつも、
カオリは急になんとも後ろめたいような気分に襲われた。

男から滲み出す幼児のような無防備さは、
彼女に嫌悪の情をもよおさせたが、
同時に踵を返して歩み去り難いような気持ちもした。

男の両の目から、今にも涙が零れ落ちそうだと思った。

彼女はうろたえたが、
それを隠すように出入り口に向かうと、
男も黙ってついて来る。

街に煙る雨は、だいぶ小降りになっていた。
軒下で雨宿りをしていた人々の数が減っていた。

すぐ背後に、まだ男がついて来るのがわかった。

「どこまでついて来るつもり?」

振りかえりもせずにカオリが訊いた。

「その先に素敵なカフェバーがあるんだけど」

と男はカオリと肩を並べながらおずおずと言った。

雨が再び少し強くなってきた。
カオリは投げやりに肩をすくめた。


カフェバーは別に素敵でもなんでもなかった。
湿った革とカビの匂いがしていた。

「何を飲む?」

男は気を遣いながら、まだ少しおずおずと訊いた。

自分で誘っておきながら、
カオリがその場にいるのが信じられないといったふうだった。

奇妙な可笑しさと、
あきらめの感情がふつふつと湧き起こるのを感じながら、
カオリが言った。

「そうね、じゃ、フィノ・アモンティリャードを」
< 4 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop