ロ包 ロ孝
 あの日俺達がここに来る事は、彼等に取って不測の事態だった。では、今迄は誰がそれ(俺達の来店)を知らせていたのか……。

俺の頭の中は、最も考えたくない人物の顔で一杯になっていた。

「……里美……」

「申し訳ございません。1時間程お待ち頂いてもよろしいでしょうか……」

 聴覚が戻った俺に聞こえてきたのは受付の青年が発した言葉だった。後から来た客に、済まなそうに応対している。今日もここは大入り満員だ。俺達が通っていた頃も確かこんな混みようだった筈。なのに待たされた覚えはただの一度も無い。

よしんば里美が予約を入れていたからだとしても、昔はなんの気なしにここへ立ち寄ったりもしたものだ。

俺達の行動を一番近くで見聞きし、それを音力に報告する。内通者として里美以上の適任は居ないだろう。

「……そんな! 一体いつからだ……」

 身体中の血が一気に引いていく。目の前が暗くなり、視界が狭まっていく。俺は立っているのがやっとの状態だった。

「坂本さん。これ、一体どうなってるんすかっ!」

 俺のただならない顔色を見て、栗原が詰め寄ってくる。声を出さないよう彼に念を押し、そのあらましを耳打ちした。

「! そ、そんなっ!」

「シッ! 声を出すな」

 人差し指を立てて制止し、彼に今日は帰るよう促した。

「後は俺と里美で話す。お前は帰り掛けに電話を俺に掛けるんだ。俺が出たらそのまま切ってくれ」

 何度も後ろを振り返り、いつまでもぐずぐずしている彼を追い払うようにして見送ると、俺は店に戻った。


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