ロ包 ロ孝
『居ても関係ないわよ。キスしたかったんだもの。ムチュッ』

 今度はもっとネチッこい音が聞こえてきた。可愛い女だ。

「ハハ。じゃあ俺もしようかな、チュッ」

 まるでバカップルのようだが、妙にそれが新鮮で嬉しかった。俺の心は今までに無い充足感で満たされている。そしてこの歳になる迄真剣に女性と対峙して来なかった自分を改めて感じている。想い、想われるというのはこんなに気分のいいものだったのだ。

『フフッ、淳もそんな事するのねっ! ご馳走さま』

「いやいや、お粗末様でした。ははは」

 俺は笑って誤魔化した。里美と付き合っていなければ、こんな事もしていないのだろうと思うと、なんだか照れくさかったのだ。

「ああ、里美。俺爺ちゃんと電話してたんだ。また会社でな。本物も早くしような、チュッ」

 さんざん軟派な会話をしたどころか、最後にまたキス迄してしまった照れ隠しに早々と電話を切った俺は、祖父との会話を思い出していた。


───────


『淳よ。音力に【前】(ゼン)を修練している術者がおるそうじゃが』

「そうなんだよ。爺ちゃんはどう思う?」

『恐らくそれは似て非なる物じゃろうな。歴史書等で術が使われた時の効果や掛け声を知り、その方法を音力なりに考えたんじゃ』

 祖父の言う通りだろう。政府の機関ともなれば資料には事欠かないし、シンクタンクにも切れ者が揃っている筈。その彼らがスーパーコンピューターを駆使して出した答えが、音力流の【前】なのだ。


< 50 / 403 >

この作品をシェア

pagetop