追憶 ―箱庭の境界―
「あぁ、ジャン!すみません、魔術の書物を暗記する事は得意なんですがね…」
「はは、自分を囲む女たちの名前を覚えるのは得意だろ?」
「いえいえ。ここだけの話、折角仲良くして下さってるお嬢さん方に失礼が無い様に必死なだけなんですよ…」
青年は穏やかに笑う。
柔らかに、遠慮がちに…。
其れは普段通り。
誰に対しても同じ其の態度は、敵を作る事もなく、青年にとっては都合が良かった。
「行きましょ?」
青年が男とばかり話すので、退屈になった気分屋の彼女が、甘える様に青年の手を取る。
「…アン?」
「早く2人きりになりたいの。」
男は、もう何も言わない。
自分の手には負えない女だと理解したのだろう。
(…本当に…意地悪ですねぇ…。それに、僕の言い付けを守れない悪い子だ…。)
彼女に引っ張られながら男に軽く会釈すると、青年は溜め息を漏らしながら歩き出す。
(お仕置きしなくては…)
青年の腕に手を絡め、頬を寄せる彼女に瞳を落とすと、青年はそんな事を考えていた。