ブラッティ・エンジェル
「あれ?一人なの?」
「マスター」
目の前に現れたいつもと違いすぎる星司。頭のバンダナもないし、無精ひげもきれいに剃られている。着ているものも着ているものだった。このためにクリーニングに出したのか、きれいなスーツに、ぱりっとしたシャツ。しかし、そこはやはり星司で、スーツのボタンは全開。シャツはズボンから出ているし、ネクタイは緩い。
「いい加減、星司と呼びなさいよ」
照れくさそうに星司は頭をかいた。
「昔からマスターって呼んでたから、慣れなくて」
サヨはいまだにネックレスをいじっていた。
「望は?」
「トイレ」
不機嫌そうにサヨは口をとがらせた。トイレなら仕方ないけど、こんなところに一人おいていくことないと、不満だった。トイレに連れていけって訳じゃないんだけど、せめて気の許せる人と一緒にしてくれても罰は当たらないと思う。
「そんなむくれないでよ。あいつならすぐに帰ってくるって」
「当たり前よ」
トイレなんかで、そんなたくさんの時間を待たせられたくないもの。
「っと。ゆずが探してたぞ」
「ゆずちゃんが?」
サヨは一段と人の多い場所に目を向けた。その隙間から、純白が見える。
 何だろうとサヨは、ふらふらな足取りでそちらに向かう。時折、ヒールのせいで足首がぐきっとなり、転びそうになっていた。
 心配そうに見ていた星司は、ふらっと人混みから離れていった。別に帰るわけでもないし、ここにいるのがいやなわけではない。ただ、ふとここから離れようかなと思っただけだった。

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