空色幻想曲
「…………信じられん」
先ほどのやりとりから数刻後。
薄紫の残照に染まる静かな森で。
焚き火が爆ぜる音と川のせせらぎに混じって、かすかに聞こえてくるのは……
ティアニス王女のやすらかな寝息。
話が途切れて静かになったと思っていたら、マントにくるまったまま大木にもたれて眠っていたのだ。
──俺になら何かされても構わないのか? それとも、俺は男と思われていないのか?
「脱げ」と言ったら警戒していたから、どちらも理由として考えにくい。
なら、なぜだ。
──騎士という役職に安心しているのか?
ああ、それはあり得るかもしれない。
だが、無防備すぎる。
人気のない夕闇の森に年ごろの男女が二人きり。しかも、羽織っているマントの下はまぎれもなく素肌なのだ。
王女と騎士という立場がなければ何かされても文句は言えない。いや、これは立場があっても危ない。
どうしたものかと考えあぐねたが、これは素直に起こすのが正解だろう。服もそろそろ乾いたころだ。
「おい」
「スースー」
「おい!」
「スースー」
「おい、起きろ!!」
「スースー」
こんな状況でよくもこんなにグッスリ眠れるものだ。
炎を挟んだところから声を掛けても起きそうにはない。そばに行って揺り起こすしかないだろう。
「半径3m以内に近づくな」と命令されたが、やむを得まい。
『約束』は守るものだが『命令』は状況判断によっては背いていいものだ。
……俺の持論だが。
一つ、大きな溜息をついて、そばに歩み寄った。
隣にかがんで肩に手を掛けようとしたが、触れる直前でピタリと止まった。