空色幻想曲


「…………信じられん」


 先ほどのやりとりから数刻後。
 薄紫の残照に染まる静かな森で。
 焚き火が()ぜる音と川のせせらぎに混じって、かすかに聞こえてくるのは……

 ティアニス王女のやすらかな寝息。

 話が途切れて静かになったと思っていたら、マントにくるまったまま大木にもたれて眠っていたのだ。

 ──俺になら何かされても構わないのか? それとも、俺は男と思われていないのか?

「脱げ」と言ったら警戒していたから、どちらも理由として考えにくい。

 なら、なぜだ。

 ──騎士という役職に安心しているのか?

 ああ、それはあり得るかもしれない。

 だが、無防備すぎる。
 人気のない夕闇の森に年ごろの男女が二人きり。しかも、羽織っているマントの下はまぎれもなく素肌なのだ。

 王女と騎士という立場がなければ何かされても文句は言えない。いや、これは立場があっても危ない。

 どうしたものかと考えあぐねたが、これは素直に起こすのが正解だろう。服もそろそろ乾いたころだ。

「おい」
「スースー」

「おい!」
「スースー」

「おい、起きろ!!」
「スースー」

 こんな状況でよくもこんなにグッスリ眠れるものだ。

 炎を挟んだところから声を掛けても起きそうにはない。そばに行って揺り起こすしかないだろう。

「半径3m以内に近づくな」と命令されたが、やむを得まい。
『約束』は守るものだが『命令』は状況判断によっては背いていいものだ。

 ……俺の持論だが。

 一つ、大きな溜息をついて、そばに歩み寄った。
 隣にかがんで肩に手を掛けようとしたが、触れる直前でピタリと止まった。
< 205 / 347 >

この作品をシェア

pagetop