Devil†Story
「………うっ…」


ヤナは酷い倦怠感の中、目を覚ました。…俺は何をしてたんだっけか。…そうか。あんなガキに負けた上に…あのサイコ野郎に無理矢理……。


「……クソ……頭が重い……」


起き上がり頭を振る。…最悪の目覚めだな。魔力もほぼすっからかんで虚脱になってる……。クソ…倦怠感が酷い……。何より…もう二度と味わなくて済むと思っていた"あの感覚"を味わう事になるなんて……とことんサイコなクソ野郎だ。


手首と足首に違和感を感じて見てみると手枷をつけられていた。この鎖……キシか。まぁ当たり前か…。あの後の記憶は曖昧で殆ど覚えてない。暴走まではしてない筈だがそれなりに暴れたんだろうな。無意識に首を押さえた。


「あー起きたぁ?おはよー」


「!」


声のした方に顔を向けるとキシが鎌を床に刺して座って手をヒラヒラさせていた。


「……キシ」


「気分はどーお?良い訳ないか」


「………」


「あっごめんねぇ。ヤナ結構暴れたから僕の鎖で縛らせて貰ったよー。今外すねぇ」


その言葉と共に鎖が崩れ、手足が自由になった。


「…別にいいよ。寧ろ迷惑掛けたな」


「いいえー。そう思うならもう軽率な行動は控えるんだねぇ」


「………」


ヤナが黙って目を逸らしている様子を見たキシは大きな溜め息をついて話し始めた。


「…ヤナさぁ。事情があるのは汲むけど黎音様に逆らうなんて無謀だよー。黎音様が完璧主義者なのは分かるでしょー?」


「………」


「僕があそこで空気変えなきゃもっと大変な事になってたんだからねぇ?…ヤナは僕が邪魔したって思ったかもしれないけどさぁ」


「!」


その言葉にキシの見ると見透かしたかのようにその真っ黒な瞳を向けて微笑み、頬付きをしていた。


「図星でしょー?もっと上手ーく黎音様と付き合わないとダメだよー」


「……お前はなんであんな奴の言いなりなんだ」


自然にそう問いかける。あいつはそんな正の感情で慕うようなたまじゃない。どちらかと言えば支配であって対等な関係ではない筈だ。…少なくとも俺はそうだ。俺の問いにキシは「うーん…」と考えている。


「そうだねぇ…。僕もさ。初めはヤナと一緒で無理矢理だったけど、黎音様の思想に同感出来るからかなぁ。それにさっきも言ったけど僕が黎音様と1番ながーく付き合ってるしねぇ。…まぁ、黎音様は僕よりあの人を望んでるんだけど」


少し寂しそうに言っているキシの態度はヤナには理解しかねた。


「……後は諦めてるって感じかなぁ」


「…諦めてる?」


「そっ。一度捕まったら…黎音様からは逃げられないってねぇ」


「………」


天を仰ぐキシを横目に見る。その言葉に偽りはなかった。黎音とヤナ達は特殊な契約を交わしていた。それは同意の元ではなくほぼ強制であった。それから逃れることは出来ない程、強力な契約であった。


「…まっ、安心してよ。ヤナの代わりに…僕が黎音様の機嫌を戻してみせるからさ。この後、黎音様の所に行ったら……機嫌を損ねないように振る舞うんだよー?…次は助けてあげられないからねぇ。何が大切かよーく考えて発言するんだよぉ」


「…どうかな。俺はお前みたいに諦めてないからね」


「…もー。本当強情なんだからー。僕は言ったからね。ところで…参考までに色々聞いてい?」


「なんだ?」


「あのお兄ちゃんの事。…本当に何があったの?傷もまだ塞がってないし…何よりヤナは強いのにそこまでやられる事ある?」


「嫌な事を思い出させて悪いんだけどさ」と鎌から降りてベッドに腰をおろした。


「……さっきあいつに言った通りだ」


ヤナは深く息を吸った後、意を決してクロムとの戦闘の全てを話した。


「ーーって訳だ。何があったかなんて俺が聞きたいくらいだ」


忌々しそうに傷を押さえつける。


「ふーん…。僕が見た時は確かに強そうだなーって思ったし、気配もロスお兄ちゃんと契約してるからか、ただの人間じゃないのかなーって思ってたけど……。そうなると…作戦立てておこうかなぁ」


「……正直。あいつがあのサイコ野郎が欲しがってるターゲットかはまだ定かじゃないが…。もしあいつなら…欲しがる理由はあの狂気があるからだと思う。俺から見ても……異常だった。あの………飢餓状態の吸血鬼(俺達)と差して変わらない…血への執着心は。…あの状態になる前に叩くべきだ」


「…OK。僕もまだこの体慣れてないから気をつけるよ。後、今気付いたんだけど…ヤナの傷。治ってるところとそうじゃないところがあるね」


「!」


キシに言われて体を見ると従来の回復力通りに治っているところと、変わらず出血しているところがあった。治ってないのは手首と……奴に蹴られた付近の刺し傷や切り傷だった。……なんでだ?何故、こんなに差がある?他の傷と何が違うーー。



頭の中で整理すると思い当たる節があった。


「……ここ。あのガキの血がかかったところだ」


「え?」


「その前にかかったところは変わらない。吸血もしたが体に異変はない。違うのは……あの状態の奴の血がかかったところだけ治りが遅い事だ」


特にナイフごと掴まれた左手首の治りが異常に悪かった。骨は折れたままで包帯を巻かれているのにも関わらず出血が続いている。


「なるほどねぇ…。うーんでも…不思議だね。お兄ちゃんはロスお兄ちゃんと契約しているからもちろん普通の血じゃないだろうけど…トランス状態になると特殊な作用が働くのかなぁ?悪魔の契約ってそんな効果あったっけ?」


「……分からないが元々何かを持ってるのは明らかだろうな。あいつの反応的に…目の色は元々紅かった可能性も0じゃないし」


「えー?それはありえないよー。だって紅い目は本当に少ない筈だし…。そもそもお兄ちゃんは人間でしょ?」


「……本当にただの人間であればな。あの狂気は……まともな奴が持ち合わせてるもんじゃない」



「………」


2人の間に沈黙が流れた。人間である筈のクロムの謎のトランス状態。元々紅いかもしれないその目。考えても答えは出なかった。


「…まあ、これ以上分からない事を話してても仕方ないね。ありがとー。じゃあ…僕はそろそろ行って来ようかなー。黎音様の機嫌損ねる前にねぇ。…ヤナも早めに行ってきた方がいいよー」


キシが立ち上がって背伸びをした。


「気をつけろよ。お前まだその体に慣れてないんだから。…人間だと思って舐めてると俺の二の舞になるぞ」


「僕よりヤナでしょー。本当上手くやるんだよー?」


「……はいはい」

明らかにする気のなさそうなヤナの返事に、鎌を持って扉へ向かっていたキシは溜め息をついた。


「……ねぇヤナ」


「んー?」


振り返ったキシはヤナに語りかけた。















ーーーコンコンッ


「失礼します。ヤナです…」


「……入れ」


扉を開けてヤナは黎音の自室に入った。
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