Devil†Story
「おいおい。まさか"当て逃げ"して代償も払わずにどっか行ったりしねぇよなぁ?」


「!」


真後ろで聞こえたロスの声に体が硬直する。しかし止まっていた時間は僅かですぐに襟元を捕まれ1人の男は宙を舞って部屋の中に戻される。


「ほら。一匹やるよ」


部屋に投げ飛ばされた男の側にクロムは歩み寄り「…それはどうも」と剣を振り上げなんの躊躇なく背中に剣を突き刺した。


「いっ…!!」


「…こんな時間に来といてそのまま帰れると思ったのか。なぁ。まさか自分は死なねぇとか思ってたか?」


余程睡眠時間を奪われたことが癪に障っているようだ。ザクザクと何度も背中に剣を突き刺しては抜く行為を繰り返す。刺されている男は変な声をあげて呻いている。


「迷惑かけたクセにとんずらここうとしてんじゃねぇよ。何とか言ったらどうなんだ?あぁ?」


呻き声をあげなくなった男がその動作で揺れている。出血が凄く最早その部分がどうなっているか分からない状況であった。


「クロム」


「…あ?」


名前を呼ばれてロスの方を向くと薄く笑ったロスと目が合った。


「もう死んでる死んでる。オーバーキル」


「は?」


再び男を見ると完全に事切れていた。目からは生力を感じず濁りが出てきていた。そんな男に舌打ちをし「簡単に死んでんじゃねぇぞクソが」と死体を蹴った。


「ひっ…ひぃ…うぐっ…」


首元をロスに押さえつけられてた男が嗚咽を漏らし、吐き気を堪えるように口元を押さえた。暴力や殺人に加担したことがある男だったがそのあまりの凄惨さに耐えられなくなっていた。ガタガタと震え、あまりの恐怖に失禁してしまっていた。その男の反応にロスは後ろを振り向いた。


「うわっ玄関で漏らすなよ。きたねー。でも普通なら耐えられないか」


嗤いながら男をまるで汚物を見るような目付きで見た。月明かりに照らされたわけでもないのに目が爛々と紅く輝いているのは気のせいであろうか。


「げっ。漏らしたとか無理なんだが。そこ絶対通らねぇ」


ロスよりも汚物を見るような目で男を見たクロムは嫌悪感を露わにしていた。


「お前綺麗好きだもんなー」


ケラケラと笑うロスを信じられないといった目で見つめる男。部屋の中心に居たクロムが先程ロスに手首を折られた男の側に向かった。ピクリとも動かない男を冷ややかな目で見た後、ロス同様足を上げて折れた手首を思い切り上から踏みつけた。


「ギャアア!」


あまりの激痛に倒れていた男が叫び声をあげる。


「人に狸寝入りがどうとか言っといて死んだふりしてんじゃねぇぞ。手首折られたくらいで死ぬ訳ねぇだろうが」


グリグリと足を左右に動かして追い討ちをかける。男は耳を劈くような悲鳴をあげ続けている。


「こっちはまだ腹の虫が治ってねぇんだよ。あんま舐めた態度とってんじゃねぇぞ。誰の指示だ?」


折れた手首から足を離す代わりに剣を振り上げる。流石にここまでの激痛に耐えられなくなった男が情報を言おうと息を吸った。しかし問いに答える前にその刃が反対側の手の親指を切断した


「ギャアアアア!!」


先程よりも大きな悲鳴をあげて男は叫んだ。親指は根元から綺麗に切断されていた。


「早く答えろよ」


痛みで言葉を発せない男に気を使う訳でもなくもう一度剣を振り上げ、今度は人差し指を切断した。


「いっ…!あぁああ!!」


「おら。さっさと答えねぇと指無くなるぞ。こっちの指が全部なくなったら反対側の指もおさらばすることになるぜ」


口ではそう言いつつ男の言葉を待つ気はさらさらないらしい。一言煽るような言葉を言う度に次々と指を切断していた。


耳を塞ぎたくなるような絶叫、鼻を塞ぎたくなるようは血の咽せた匂い、目を覆いたくなるような光景に狂いそうになる。ロスに押さえつけられている男は耐えられず涙を流していた。


「おーおー。可哀想に。あれじゃ言おうとしてても言えねぇよなー」


全く可哀想と思っていなさそうな様子で再び男の方を向き、顔を近づけて耳元で囁く。


「…あぁはなりたくねぇだろ?痛ぶられて殺されるのは想像を絶する恐怖だぞ?…ほら。早く楽になっちまえよ。早くゲロって俺に楽に殺された方が幸せだと思うけど?」


いまだ繰り返されている惨劇を親指で指して男に問いかける。どうやら片手の指は全て切断されてしまったらしく、今度は折られた方の指に移っているところだった。ロスの言葉通りであんな拷問みたいなことをされて死ぬくらいなら一瞬で逝かせて貰った方が良いと瞬時に判断し、ロスの問いかけに激しく首を縦に振る。体の震えなのか分からないその頷きに満足そうに笑う。


「偉い偉い。震えててすぐ話せないだろうからほんのすこーしだけ落ち着く時間をやるよ。俺はクロムと違って優しいからねー。……でも、あんま時間とらせるようなら…気が変わっちゃうかも。気が変わったら……あれより酷い目に合わせて殺しちゃうよ?」


優しげな笑顔から寒気がするような笑顔へところころと表情を変えるロスに震えながら言葉をなんとか絞り出す。一見はクロムの方が恐ろしく、ロスの方がまだ話が分かるように感じるが、その中に孕んでいる狂気はクロムよりも恐ろしいと本能的に理解出来た。チャンスを与えているが、同じく地獄も与えてくるその差が余計恐怖を掻き立てていた。


ロスは待つと言ってるがその"少し"の認識が数秒でもずれればあれよりも凄惨な死が待ち構えている。まだ話せる状態ではなかったが男は口を開いた。震えで歯がカチカチと鳴り、舌を噛んで出血しても男は話すことをやめなかった。それほどまでに楽に死ぬことに執着していた。最早ここまでくれば生に縋り付くことの方が愚かであることは、恐怖と狂いそうな精神状態でも分かっていた。下手に生きようとすればじわじわと子どもに手足をもがれて殺される虫のような扱いを受けることは分かっていたからだ。


聞き取りづらい男の言葉に黙って耳を傾けるロス。目を僅かに細めている。いつロスの気が変わるか気が気でない男は必死に話し続けていた。



「こっ、これで…ぜっぜっ全部で…す…!」



全てを話し終えた男はロスの方を見た。男は洗いざらい全てを吐き出していた。しかし、もしかすると「嘘」と思われる可能性がある。そうなれば自分が望んだ死とは違った死を迎えることになる。どうか信じてくれ…!と懇願するような目でロスを見つめた。


「……」


黙っていたロスが更に目を細めた。時間にして数秒だったが男にとっては永遠に感じられるような時間だった。早く解放されたい。この世ともこの時間とも。


「……いい子だ。約束通り一瞬で殺してやるよ」


ニヤリと笑ったロスは首に手を当ててそのまま持ち上げた。玄関の扉に押さえつけグッと力を込めた。


「うぐっ…!」


首を絞められて苦しさを覚える。そんな男に「すぐ死ねるから安心しろよ」と手の甲に血管が浮き出るほど強い力を込めた。ロスの言葉通り男の首はすぐに耐えられずに潰された。


ーーバキッ


骨が砕ける音が自身の耳にも届き意識が急速に暗くなっていく。ーーあぁ。やっと解放される。死ねたんだ…。男は全てに解放された事実に安堵しそのまま絶命した。絶命した男の体から手を離すとビシャリと音を立てて崩れ落ちていった。


「場所聞き出せたか?」


同じく終わったであろうクロムが声をかけてきた。
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