午前0時の誘惑
「えっ……はい! 確かに承りました」
一瞬驚いた表情をした黒川さんは、背筋を伸ばして最敬礼して見せた。
そして、海生に気づかれないように、私へ投げられたウインク。
少しだけ不器用な仕草に、思わず笑みを漏らしてしまった。
「さ、莉良、行こうか」
「行くって、どこへ?」
「ふたりだけの城だ」
このホテルの最上階にある、あのスイートルームに……。
会場を出た誰もいない通路で、そこまで待ちきれずに海生と向かい合う。
唇に海生の長い指先がそっと触れた。
「あの人は?」
「あの人?」
「海生が婚約するはずだった人」
私のひと言に海生が真顔になる。
だって、本当ならここにいるのは、その女性のはずだったのだから。
「彼女との間に、莉良の心配するようなことは何ひとつなかったよ。親が勝手に決めた結婚だったんだ」
「え……」