不器用な指先
『…っはぁ…はぁっ…』
辿りついたのは、真っ暗な待合室。
薄い緑の非常ランプと、不気味な自販機の明かりだけ。
静まり返ったこの空間で、耳の奥の奥を、透のお母さんの声が駆け巡っている。
それが、自分の記憶の中の声なのか、本当に此処までお母さんの声が聞こえているのか、もう私には分からなかった。
三列に並べられた黒革の長椅子にゆっくりと腰掛ける。
椅子の傍に置かれた二台の自販機がヴーン…と音をあげていた。
「………」
…やっぱり…嘘でしょう?
透が…死ぬわけないよ…
悲惨なな手術室を離れた途端、あの光景が、やはり嘘であるような気がしてきた。
さっき見たものは
泣き崩れるお母さんは
目頭を押さえるお父さんは
声を詰まらせる信一さんは
頭を下げる…医者の姿は……
「嘘…でしょう…っ?」
頭を抱え込んだまま、膝に顔を伏せた。
嘘だよね…
嘘だよね…?
いるんでしょ、透…
生きてるんでしょ、透?
「…っ……とお…る…」
泣いたら
泣いたらダメだと思った。
泣いたら認めなくちゃならない。
全てを
認めなくちゃならない気がして
必死で歯を食いしばった。
けれど、溢れる言葉は…
『と…るっ…ごめんね……っ』
伝えたい言葉は…
今となってはもう
伝えられない言葉は…
『ごめんねぇ…っ』
謝罪の…言葉だった…。