不器用な指先

『…っはぁ…はぁっ…』
辿りついたのは、真っ暗な待合室。

薄い緑の非常ランプと、不気味な自販機の明かりだけ。

静まり返ったこの空間で、耳の奥の奥を、透のお母さんの声が駆け巡っている。

それが、自分の記憶の中の声なのか、本当に此処までお母さんの声が聞こえているのか、もう私には分からなかった。


三列に並べられた黒革の長椅子にゆっくりと腰掛ける。


椅子の傍に置かれた二台の自販機がヴーン…と音をあげていた。



「………」


…やっぱり…嘘でしょう?

透が…死ぬわけないよ…


悲惨なな手術室を離れた途端、あの光景が、やはり嘘であるような気がしてきた。

さっき見たものは

泣き崩れるお母さんは

目頭を押さえるお父さんは

声を詰まらせる信一さんは


頭を下げる…医者の姿は……



「嘘…でしょう…っ?」


頭を抱え込んだまま、膝に顔を伏せた。


嘘だよね…

嘘だよね…?

いるんでしょ、透…

生きてるんでしょ、透?


「…っ……とお…る…」

泣いたら

泣いたらダメだと思った。

泣いたら認めなくちゃならない。

全てを

認めなくちゃならない気がして


必死で歯を食いしばった。

けれど、溢れる言葉は…


『と…るっ…ごめんね……っ』



伝えたい言葉は…

今となってはもう

伝えられない言葉は…



『ごめんねぇ…っ』



謝罪の…言葉だった…。
< 62 / 75 >

この作品をシェア

pagetop