タレントアビリティ
「いたぁ!」

 駅前コンコース。金髪の俯き加減な女子高生が壁にもたれて缶コーヒーをちびちび飲んでいた。学校のあっている時間帯。学生服を着た人なんてそうそういないはずなのに、添と風音の間だけがぽっかり浮いていた。
 風音が添の声に顔を上げる。そして瞳孔をきゅうっと縮めてから、足元のバイオリンケースを持って改札口へと入って行った。逃げるつもりなのか。

「ちょっ! 待てよ!」

 条件反射的に追い掛ける。改札口を飛び越えてホームへ向かって、階段の途中で追い付いた。細い肩に手を掛ける。バイオリンケースで思い切り殴られた。

「いっ……!」
「またあなたですか……! 正直欝陶しいんですよ! ていうかそれより、バイオリン弁償してください!」
「あー、いくら……?」
「250万近く! 私の1番大切なバイオリンなんですから、きっちり払っていただきます!」

 殴ったケースの中には何が入っているのだろうか。それが疑問だが添には尋ねられる理由が無い。立場的に下にいるのだから、とりあえず下手に下に回らないほうがいというものなのだ。

「あー悪かった悪かった。きちんと払うから、大丈夫だ」
「払えるんですか?」
「あー、多分。まあとにかくだ風音さん。大至急学校に戻ってくれないかな?」
「……はい?」
「なかなか面倒な事になってさぁ。まあぶっちゃけた話、学校が襲撃されるかも、みたいな……」
「どういう……」
「とりあえず来い。愚痴も何も後でゆっくり聞くから来い。風音さんの音楽の才能が必要らしいから」

 風音の白い手を引いて走り出そうとする。しかし風音は動かない。いや、「やはり」風音は動かないとでも言うべきだろうか。
 風音の目を見る。動揺と無言の怒りと戸惑いが混ざり合ったみたいな嫌な瞳の色。澄んだグリーンが微かに淀む。口が開いた。

「いや、ですよ……」
「どうして」
「いやです、から」
「……なあ、風音さん」
「嫌なものは嫌なんです。私は、お断りします」
「また、才能が無いから、とか言うからか?」
「……そうですよ」

 バイオリンケースを床に置いて、淀んだ瞳のままに風音は呟いた。どこか諦めたような悟ったような。ただの瞳の中にはもう、口に出来ないくらいの負の感情が溢れていた。
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