タレントアビリティ
「やっべぇ……。能恵さんにどう説明すれば……」

 添が走馬を振り切ったのは、それから30分経った後だった。肩で荒い呼吸をして、今にも壊れそうな両足でゆっくりペダルを漕ぎながら家路へと着く。当然買い物は出来ていない。
 駐輪場に自転車を置いて階段を上がる。階段という魔物を気合いで乗り切り、遠くにある我が家へと這うようにしてたどり着き、ようやくドアノブを掴んで、そして倒れ込んだ。

「い、えっさー」
「……おかえりぃ」
「事故に巻き込まれました……。すみません、買い物は無理でした……。がふっ」

 げっそりとした添をげっそりとした表情で迎えるのは能恵。2人揃って廊下に倒れて、そして死にかけた目で語り合う。

「どったの?」
「あー、ちょっとしたテロで……。スーパーぐちゃぐちゃになる感じの」
「なら仕方ないね……。そえぇ、お腹減った?」
「正直、あんまり」
「私も」
「材料はありません。買おうとしたところで、巻き込まれてですね」
「……なら晩御飯、いらないよね?」

 ごろりと身体を転がして添を見て笑う。力尽きたような笑い。能恵でもさすがに、胃腸の限界は突破出来ない。
 それなら当然添も同じ。能恵の変な味覚に付き合わされたため、やっぱり胃腸が泣いている。

「いりません」
「私も、作れません」
「でもさすがに、廊下で寝るわけにはいきませんよね」
「そーえっ」

 疲労が幾分マシになったために身体を起こしたら、能恵が甘えた表情で添を見た。両手を突き出して、指をぴらぴらと揺らしている。折れそうな細い、指。
 添は溜め息1つ。そしてその細い指を掴んであげた。能恵がパッと笑う。

「嫌ですよ」
「あっ、ちょっ、引きずらないでっ!」

 丁寧に引きずる。能恵が背後で抗議するが、しかしそれはフローリングに頭を連続ヒットすることで消えていった。散々な日曜日になったなと、添は頷く。長かった1日だった。
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