roulette・1
するりと私の手から離れていく彼の腕に、過去へ飛んでいた私の意識は一気に現へと引き戻された。

「あ、ちょっと、待ってよ!」

私の声を無視して、彼は人混みの中をどんどん前に進んでいく。私という存在から、逃げたがっているようだ。

置いていかれたくない。

私は、必死に彼の後を追った。





やがて行き着いたのは、私の住むマンションだった。さっさと階段を上がり、マンション入り口のドアの前で振り返った彼は、やっと私を見てくれた。

「もう……早いよ」

息を切らせる私を、固く口を引き結んで見下ろしてくる彼の目は、何か決意を秘めた力強い光を宿していて、私は心臓をドキリとさせた。

──駄目

言わないで。

「雪も降ってきたし、寒かったよね! 上がってあったかいお茶でも飲んでいってよ」

ジリジリと痛む喉から、必死に高い声を絞り出した。

「美佳……」

「渡したいものもあるんだ。祐樹に喜んでもらおうと思って、一生懸命選んだの」

「美佳」

「ほら、早く入らないと、近所の人に迷惑になるからさ、行こっ」

「別れたいんだ」

必死に“それ”を言わせたくなくて馬鹿みたいに明るい声で頑張ったのに、あっさりと、彼は言い放った。

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