roulette・1
コツ、と靴音がした。

私は、動悸を激しくしながら振り返った。

ぼさぼさと降ってきた牡丹雪の向こうから、ぼやけた黒い人影がやってくる。

ドッドッと激しく鳴り響く心臓が、身体の内側を燃えるように熱くする。対照的に、手足の先は氷のように冷たくなっていった。

ガチガチと歯を鳴らして近づいてくる足音に身構えていると、人影は外灯の灯りが届くところまで来て、足を止めた。

「こんばんは」

この場には似つかわしくない、酷く穏やかな翁の声だった。

「今日も雪になりましたね」

黒いタキシードを着た翁はそう言い、被っていたシルクハットを取った。細面にたくさんの皺を刻んだ柔和そうな顔の翁は、綿飴のような白い髭をたくわえていた。

私は震えを止めることが出来ず、目を見開いたままで翁を眺めていた。すると、翁は階段の下に倒れている彼に視線を向けた。

ああ、見つかってしまった。

私は翁がどんな反応をするのか、恐ろしくてたまらなかった。

いっそ、壊れそうなほど鳴り響く心臓が、爆発して飛び散ってくれたらどんなに楽だろうかと思った。


翁は穏やかな瞳で彼をジッと眺めた後、目を細めて私を見た。

「ようやく“資格”を手に入れられましたか」

翁のその言葉に、私は熱くなった心がすうっと冷えていくのを感じた。

この翁は……。

前に、会ったことがある。

そうだ。

あの日に……。

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