アリスズ

 その瞬間の思いを、景子はどう表現すればよかったのか。

 どきどきは次第に色あせ、足と手の先が少しずつ冷たくなって。

 頭は緩やかに、思考を停止した。

 思いこんでいたのだ。

 ここで儀式をしているのは、アディマだと。

 イデアメリトスの子と言うのは、彼に違いないと。

 だが。

 目の前にいるのは、ただ一人。

 この人が、アディマであるはずがなかった。

 顔を、膝の位置まで上げた時点で、気づいたのだ。

 長い皮のブーツに覆われた膝下。

 その時点で、既に大人の長さだったのである。

 確かに、ブーツからは光は漏れていた。

 だから、その人がただ者でないのはすぐに分かった。

 だが──アディマではない。

 景子は、思考停止したまま、顔を上げるのを途中でやめた。

 自分が、泣いてしまわないように、そうするしかなかったのだ。

 ああ。

 私は、こんなにもアディマに会いたかったのか。

 そんな気持ちさえも、石と同じように固めたかった。

 景子の中に深くあった、接ぎ木のことさえ、思い出せなくなってしまうほど、彼女はただ義務的に、枝を差し出したのだ。

 手が伸ばされたのが、分かった。

 景子の側で、影が動いたから。

 だが、景子はもはやただの抜け殻のように、ぼんやりとその影に任せていた。

 その手が。

 その手が、太陽の木の枝──ではなく、景子の手を取ったのだ。

 温かい手に、彼女の固まった心は、すぐに反応出来なかった。

 怪訝に思うことも出来ずにいる景子は。


 こう。


 呟かれた。


「…ケーコ?」
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