アリスズ
☆
「え…イデアメリトス?」
覚えた言葉を、何とか頭の中で反芻しようとした景子は、その中に不穏な単語が混じっていることに気づいたのだ。
忘れたくとも、忘れられない──その名前。
「ええと…アディマの…」
血縁であることは、間違いなかった。
やばい予感を拭いきれないまま、彼を見る。
「アディマ、か…随分、短く呼ばれているようだな。うちの愚息は」
愉快そうに笑われて、景子は冷や汗が流れた。
愚息──要するに、アディマの父親、というのだ。
景子と、さして年も変わらないほどにしか見えないというのに。
そして、思い出すのだ。
髪を伸ばすイデアメリトスを。
年齢詐欺の一族だったんだっけ。
景子は、がっくりと頭を垂れた。
自分の感覚にないことだけに、反射的に理解できないのだ。
ただ、不思議なことに。
アディマのような激しい光を、いまの彼はまとっていなかった。
だから、イデアメリトスだと考えもしなかったのだ。
首を傾げたところで、理由が分かるはずなどないのだが。
「あ、いえ…私、この国のこと分からなくて、言葉も分からなくて、最初にそう呼んでしまって…」
焦りながら、景子は言い訳を始めた。
呼び方は、変えようかと聞いたのだ。
しかし、アディマが望まなかった。
景子にとって、イデアメリトスは意味がないから、と。
「異国の者では、しょうがあるまい…では、私のことはザルシェとでも読んでもらうか」
ふふふと口の中で笑いを浮かべながら、イデアメリトスの現の主君は、おそろしいことを言い出す。
む、無理だから。
青ざめながら、景子は両手を振ってそれをアピールしなければならなかった。
「で、どこの国から来たのかね? この大陸は、私の祖先が統一したはずだがな」
時折。
金褐色の瞳は、激しく閃く。
アディマよりも、もっと強い眼力だ。
一瞬、それに呑まれそうになりながらも、景子は踏みとどまった。
こういう時は。
脳裏に、菊が翻る。
彼女が教えてくれた。
胸を張って、こう言うのだと。
「日本です」
「え…イデアメリトス?」
覚えた言葉を、何とか頭の中で反芻しようとした景子は、その中に不穏な単語が混じっていることに気づいたのだ。
忘れたくとも、忘れられない──その名前。
「ええと…アディマの…」
血縁であることは、間違いなかった。
やばい予感を拭いきれないまま、彼を見る。
「アディマ、か…随分、短く呼ばれているようだな。うちの愚息は」
愉快そうに笑われて、景子は冷や汗が流れた。
愚息──要するに、アディマの父親、というのだ。
景子と、さして年も変わらないほどにしか見えないというのに。
そして、思い出すのだ。
髪を伸ばすイデアメリトスを。
年齢詐欺の一族だったんだっけ。
景子は、がっくりと頭を垂れた。
自分の感覚にないことだけに、反射的に理解できないのだ。
ただ、不思議なことに。
アディマのような激しい光を、いまの彼はまとっていなかった。
だから、イデアメリトスだと考えもしなかったのだ。
首を傾げたところで、理由が分かるはずなどないのだが。
「あ、いえ…私、この国のこと分からなくて、言葉も分からなくて、最初にそう呼んでしまって…」
焦りながら、景子は言い訳を始めた。
呼び方は、変えようかと聞いたのだ。
しかし、アディマが望まなかった。
景子にとって、イデアメリトスは意味がないから、と。
「異国の者では、しょうがあるまい…では、私のことはザルシェとでも読んでもらうか」
ふふふと口の中で笑いを浮かべながら、イデアメリトスの現の主君は、おそろしいことを言い出す。
む、無理だから。
青ざめながら、景子は両手を振ってそれをアピールしなければならなかった。
「で、どこの国から来たのかね? この大陸は、私の祖先が統一したはずだがな」
時折。
金褐色の瞳は、激しく閃く。
アディマよりも、もっと強い眼力だ。
一瞬、それに呑まれそうになりながらも、景子は踏みとどまった。
こういう時は。
脳裏に、菊が翻る。
彼女が教えてくれた。
胸を張って、こう言うのだと。
「日本です」