アリスズ

「ニホン?」

 聞き覚えがないように、ザルシェは呟く。

 この大陸以外の国を、思い出そうとしているのだろうか。

「あ、あの…多分、すごく遠くです」

 無駄な努力をさせまいと、景子はそう言った。

「多分…遠く」

 その言葉をかみ締めた後、イデアメリトスの長は彼女を見るのだ。

「そうか。多分、遠くから来たか…なるほど。それは難儀だったろう」

 何故か。

 ザルシェは、納得してしまった。

 いいのかなあ。

 景子は首をひねりかけたが、彼は不思議な魔法の力を持っているのだ。

 少々の不思議ごときでは、怯まないのかもしれない。

「むかし、そういう男と会ったことがあるのだ…私も。男だったのが、大変残念だったがね」

 苦笑ぎみに呟いた彼に、景子は飛び上がるほど驚いた。

「そんな人が? いまは、どこに!?」

 反射的に歩を進め、ザルシュに詰め寄っていた。

 景子たちだけでは、ないというのだ。

 どこか、遠くからきた人間は。

「ああ…夢の中だがな」

 だが。

 答えに、あっさりと景子は撃沈した。

 夢では、会いに行けるはずもない。

「何故そうがっかりする…夢もひとつの世界ではないか。だから私は、彼に会ったことを幻とは考えていない…何しろ、私の夢に出てきたのだからな」

 堂々と、不思議ワールドを展開するザルシュの言葉に、景子は困ってしまった。

 不思議を否定したい、というわけではない。

 ただ。

「私たちは、夢には入れませんから…その方はきっと、私たちと違う国からこられたんだと思います」

 自分と、同一の世界から来たのではないことだけは確かだった。

「なるほど…ところで…」

 イデアメリトスの長は、上から景子を覗き込んできた。

 少し、不思議そうに。

「ニホンに、帰りたいとは…思わないのかな?」

 あれ。

 聞かれた言葉が意外すぎて、彼女の頭は一瞬真っ白になったのだった。
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