アリスズ

 私、なんでここにいるんだろう。

 景子は、自分より小さい子供たちに囲まれながら、照れまくっていた。

 イデアメリトスの長の計らいで、一日の半分を町の子供が通う学校の初等科に行くことになったのだ。

 メインとなるのは、読み書きだ。

 初等科も始まって、結構な月がたっているようで、景子はちびっこたちのいじめの的だった。

「こんなに大きいのに、字も書けないんだー」

 と、板を片手に四苦八苦する彼女に、ひやかしが飛ぶ。

 いじめられる側の景子は、それをにこにこしながら受けていたが。

 板に、指で白い粉をつけて字を書く。

 指で消して、粉を落とせば何回でも書ける。

 粉を別の椀に戻しておけば、多少汚れてはいるものの、再度字を書く練習に使えるのだ。

 紙は、本や役所の保管資料としては使っているが、子供の勉強に使えるほど普及はしていないらしい。

 紙かあ。

 確か、紙は木材から──「それ、字違う~」と、突っ込まれて、慌てて思考と指を止めて書き直す。

 教室の窓は、暑いせいで開け放されている。

 それが、よいこともあるのだと、景子は窓の外を見る度に思った。

 学校に通えない子も、いるのが現状だ。

 だが、その中でも、勉強したいと思っている子もまた、いるわけで。

 窓の外で、教室を時々覗いている子を、景子は見つけた。

 帰り際に窓辺を通ると、その地面には、一生懸命文字を練習した跡が残っている。

 そんな姿を見ると、胸がキュンとしてしまう。

 多分、自分の中で放置している、母性とかいうもののせいだろう。

 あれもこれも。

 現代からきた景子には、はやる気持ちがたくさん湧き上がる。

 しかし、彼女一人では出来ないし、長くかかるものも多いだろう。

 何をやるにつけ、先立つものがいるのが、現実なのだ。

 とりあえず。

 景子は、作物の収穫量を上げ、国庫を潤す──それが、よりよいことにつながると考えて、頑張るしかなかった。

 ああ、時間っていくらあっても足りない。

 この年になって、屋敷の前で焚かれているたいまつの下の地面で、文字の勉強をする羽目になるとは、思ってもみなかったのだった。
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