アリスズ

「ケーコ、今日も学校かい? ほら、お前も行かなくちゃ」

 女中頭のネラッサンダンは、息子の背中を押した。

 学校で会った男の子が、彼女の子であるのを知ったのは、三日ほどたってからだった。

 屋敷にいる間は、彼は部屋にこもっていることが多く、顔を合わせたことがなかったのだ。

 使用人エリアからは、子供は絶対に出さない。

 それが、彼女の働く条件だという。

 ネラは、なけなしの給金で息子を学校にやっている。

 下っ端でもいいから、役人にしたいと願っているのだ。

「行こうか、シェロー」

 呼びかけると、初等科のちびっこはムッとした顔をした。

「シェローハッシェって呼べよ」

 勝手に短くすんな。

「はいはい、シェローハッシェ。学校に行こうか」

 そして、景子は学校に行く間、この小さな子と一緒に歌を歌うのだ。

 シャンデルに習った、言葉を覚える歌。

 空中に指で、覚えた文字を描きながら。

 それに、もう一つ歌をつけくわえる。

 九九の歌。

 こちらの数字の音に直し、九九の暗唱用にと景子が作ったのだ。

 足し算と引き算を、子供は学校でマスターするのだが、掛け算や割り算になると、初等科では難しすぎるという扱いになっている。

 シェローと、一の段から歌を歌いながら歩き、景子は彼に九九を仕込もうとしたのだ。

 役人になるならば、きっと役に立つはずだと。

 既に彼は、二の段までマスターしていた。

 作った歌を教師に聞かせたが、彼は奇異の目で景子を見るだけだった。

 残念。

 そんな景子であったが、猛勉強の甲斐あってか、初等科の国語は何とか及第点をいただけるようになった。

 今度は、中等科に放り込まれる。

 10歳くらいの、子供たちの集まるところだ。

 シェローと教室は離れてしまったが、一緒に通うことは続けながら、景子はついに、彼にとっての難関、七の段をマスターさせたのである。

 七の段って、鬼門よね。

 うう、よかった。

 景子は、まるで自分のことのように喜んだのだった。
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