アリスズ

「学校は、どうだい?」

 ネイディは、出勤してきた景子に声をかける。

「スカーフのおかげで助かったわ」

 腕章のように、二の腕で結んだそれを見せる。

「ああそうか…役人の機嫌を損ねると、役人になるのに不利になるって思うからな」

 愉快そうに、彼は笑った。

 この国は、れっきとした階級社会なので、職業の選択が家柄によって限られる。

 一般人がなれるのは、よくて下級役人まで。

 下級貴族が、中堅役人まで。

 要するに、景子がなれるのは、下級役人まで、ということだ。

 女性で、役人の試験を受ける人間は、ほとんどいないのが実情なのだが。

 もうすぐ、学校も卒業だろうな。

 景子は、書類を見ながらそう思った。

 ゆっくりだが、大分理解できるようになったのだ。

 本も、あまり専門的なものでなければ、何となかる。

 読めるようになって分かったことは、農業の専門書というのは、皆無に等しい、ということだった。

 そう遠くなく、景子は農村への聞き取り調査にでも、出ようかと思っていた。

 彼女の考えたことを、実行に移す時が近づいてきたのだ。

 幸い職場では、景子は放っておくこと、が決定しているようで。

『外畑行ってきまーす』、などで、許されている。

 それもこれも。

 初日の、ザルシェ訪問が効いたのだろう。

 あの時、景子はネイディと内畑にいた。

 振り返るとネイディはいなかったのだが、彼はザルシェの側近に席を外させられていたというのだ。

 イデアメリトスの長が、わざわざ景子を訪ねてきた。

 その威力は、リサーの父の名よりもビカビカに輝いてしまったのである。

 だが。

 本人は、いたって冴えない女で。

 毎日顔を合わせている内に、ネイディだけはようやく普通に接してくれるようになった。

 おそれおののいているのが、馬鹿らしくなったのだろう。

 そして、景子は相変わらず冴えないまま。

「内畑に行ってきまーす」と、出て行くのだった。
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