アリスズ

 都が、浮かれ始めていた。

 卒業間近の学校へ向かう道の途中、景子は首をひねる。

「ねぇ、シェロー…なんかあるの?」

 隣を歩く、初等科の子供に声をかけた。

「ねーちゃん、何にも知らねぇのな」

 一度顔をしかめた後、シェローはあきれた声を出す。

 う、すみません。

「来月入ったらすぐ、イデアメリトスの祭りがあるんだぜ」

 30年ぶりなんだってさ。

 へぇへぇ。

 説明に、景子は頷いた。

 そうか、お祭りか。

 それなら、町の人が浮かれる気持ちも、分からないでもない。

「あっ、でも、祭りがあるっていうのは、本当は言っちゃダメなんだぜ」

 なのに。

 慌ててシェローは、周囲を見た。

 自分の言葉が、他の誰にも聞かれていないか心配したのだろう。

「なあに、それ…変なの」

 祭りがあるのに、祭りがあると言ってはいけない、と。

「うーん、俺もよくわかんないんだけど、かーちゃんがそう言うんだ。みんな知ってなきゃいけないけど、おおっぴらに言っちゃいけないって」

 それで、景子に祭りの話が入ってこなかったのか。

 おもしろそうなお祭りだな。

 彼女は──死ぬほど単純な生き物だった。

 そして。

 事態が、そんなに単純ではないことを、職場で知ることになる。

「ネイディ…言っちゃいけないお祭りって知ってる?」

 もうすぐあるらしいんだけど。

 景子が、職場の仲間に小さい声で問いかけると。

 彼は、がくーっと肩を落としたのだ。

「ちょ…イデアメリトスの御方と付き合いあるくせに、そんなことも知らないのか」

 周囲をはばかるように、ネイディは身を乗り出してくる。

「イデアメリトスのお世継ぎが、旅に成功して帰ってくるんだよ…言っちゃいけないってのは、都に入るまで旅が成功とみなされないからだ」

 直前で何かあって、失敗しちゃったら困るだろ。

 へぇ、イデアメリトスの御世継ぎがー…って!?

「ええええーーーー!!!」

 農林府は、景子の絶叫で引き裂かれたのだった。
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