アリスズ

「あ、私はこの辺でいいです」

 荷馬車は、夜の内に都へと入った。

 祭が始まるということで、夜通し門は開かれたまま。

 普段夜をいやがる町でさえも、煌煌と火をともして騒がしかった。

 この明るさなら、リサーの叔父の屋敷まで歩きで帰れそうだと思えるほど。

「あん? 何を言っている。お前は私の身の回りの世話をするために来たのだろう?」

 不機嫌な声が、しかし、とんでもないことを言い出す。

「え? え? そ、そんなの聞いてないですよ」

 景子は、屋敷と農林府と──そんな理屈が、通る相手ではなかった。

「都へ連れて行くとは言ったが…誰が帰っていいと言った」

 ああああ。

 ロジュー節、炸裂だ。

『しょうがない、お前も荷馬車に積んでいくか』

 これが、彼女の言葉だった。

 景子は、てっきり都で放し飼いにしてくれると思っていたのだが、ロジューは、そのまま自分の側付きにしておく気だったのである。

 が、硝子まで持ってきたのにぃ。

 これでは、意味がなかった。

 この硝子を細かく砕いて、砂地の畑に混ぜ、試験をするつもりだったのだ。

 保水力が上がると、昔聞いたことがあったので。

 それに、これまで試験して放置していた畑もある。

 結果も見て来たかったのにー。

 景子は。

 どこまで行っても、植物馬鹿だった。

 そんな、彼女の気持ちなど興味もないように、ロジューはくくくく、と笑う。

「どうして、そこで悲しむのだ。滅多に入れない、イデアメリトスの宮殿に入れるんだぞ? もっと、盛大に喜べ」

 そんなものを、本人はちっともありがたがっていない癖に、景子には押しつけるのか。

 彼女だって、そんな建物よりも畑の方が気になるのだ。

 ん? 宮殿?

 そこでふと、景子の意識が止まった。

 宮殿と呼ばれるものの外側くらいは、都に住んでいた景子は見たことくらいはある。

 これまでは、大きいなーくらいしか思っていなかったそこに。

 いまは。

 アディマが、いるのだ。

 あう。

 相変わらず、畑の方に後ろ髪を引きずられながらも、景子はほんのちょっとだけ宮殿へと心が傾きかけてしまった。
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