アリスズ

 中央に、巨大な白石で建てられた威厳のある宮殿。

 その両側に、翼を広げるように弧を描く二つの細長い建物が続いている。

 ロジューの荷馬車が行く先にあるのは、向かって左──西の翼だった。

 かなり古い建造物なのだろうが、まったく古びた様子を感じさせない。

 石は、年を取らない。

 取るとしても、それはとてもとてもゆっくりで。

 それは、さざれ石が巌となる日本人の歌の中にも、込められている悠久の時の感覚。

 イデアメリトスの、血と時の関係を感じさせる建物にさえ思えた。

「中央にイデアメリトスの太陽である長、東にその子ら。残りの、老いてゆくばかりの血は西だ…厭味としては、よく出来ているだろう?」

 喉を鳴らして笑うロジューに、どう答えればよかったのか。

 太陽を信仰する者たちらしい、分かりやすさとしか言いようがない。

 遅い夜だったせいか、ロジューの出迎えはほとんどなく、しかし、明るい宮殿内を彼女は迷いなく歩いてゆく。

 景子は、その後から革袋一つ抱えてついていくのだ。

 大事な大事な硝子の破片。

 ロジューの荷物と間違えられ、あるいはゴミと間違えられそうで、それだけは自分で抱えて来たのである。

「ここが、いつも私が使う…」

 扉を開け放った彼女の言葉が、途中で止まった。

 足を踏み込もうとしない。

 その背中から立ちのぼる何かを感じて、後ろの景子も足を止める。

「ふざけるな…」

 ぼそりと。

 ロジューが忌々しげに呟く。

 その声には──怒りがありありと見て取れる。

 そして。

 彼女は、自分の髪を一本引き抜いたのだ。

 右手にそれを巻きつけ、一度強く握り直す。

 金色に燃え上がるのは、右手。

 そこに太陽があるかのように、煌煌と輝くそれを。

「日向花の部屋に、『死』の魔法を置き土産にするとは…おいたじゃ済まないぞ」

 ロジューは、太陽を部屋へと放ったのだった。
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