アリスズ

「ケーコ…」

 そっと、何かの触れる感じ。

 呼びかけられる声。

 深い眠りの中から、景子はゆらゆらと戻ってくる。

 それくらい、ゆるやかな呼び声だったのだ。

「ケーコ…───」

 そして、名前の後に続けられる、謎の言葉の群れ。

 景子を目覚めさせようとする、先導の小魚の群れだ。

「んー…」

 小魚の群れが、水面の光に届いた時、彼女の目も光を取り戻した。

 覗き込んでくる、ブランデーがかった金色の目。

 あー。

 まだ少しだけ寝ぼけた頭で、景子は笑った。

 アディマだ。

 こんな世界で、いまのところアディマだけが景子の名前を呼んでくれる。

 梅と菊にさえ、まだ彼女は名乗っていないのだから。

 ダイにも名乗りはしたが、彼はあまりしゃべる方ではないようで。

「えへへ…おはよう」

 朝でないのは分かっているのだが、ついつい起き抜けの癖で、そう語りかける。

「ケーコ…───」

 相変わらず、意味は分からない。

 でも、なんとなく心配してくれている気がした。

 こんなところで、泥のように眠っていたからだろう。

 そして。

 言葉よりも雄弁に、アディマは行動した。

 手を差し伸べてくれたのだ。

 あの時も、そうだった。

 そしてまた、景子が立つのを助けようとしてくれるのである。

 そんな優しさが、とても嬉しかった。

 周囲の人間や、女主人の態度からすると、きっと高貴な家の生まれだろうに、本人はさしてそんなことを気にとめている様子はない。

 好奇心かもしれないが、景子にかまってくれるのだ。

「ありがとう」

 手を握ると、アディマの手がとても温かいのが分かる。

 逆に言えば。

 自分の手が、とても冷たいことを自覚する。

 次の瞬間。

「…っくっしゅん!」

 景子は、盛大なくしゃみをかましてしまっのだた。

 ちゃんと、顔はそむけていたが──アディマにじっと見つめられて、恥ずかしくなった。
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