アリスズ

 きちんと妻として、アディマは彼女を娶りたいと考えていた。

 その気持ちは、いまも変わらない。

 だが。

 この国は、イデアメリトスの魔法の力で、統べられている。

 魔法を使って、という意味ではない。

 魔法の力を持っているという、特別な血で、という意味だ。

 太陽を仰ぐ人々の心をその血で絡め、重ねる形で信奉させている。

 だからこそ、野望を持つ者がいたとしても、どんな貴族であろうと、イデアメリトスを倒してのし上がろうと思わないのだ。

 相手は、魔法を使えるのだから。

 だが。

 もし、上に立つ者が魔法を使えなかったとしたら、どうだろう。

 普通の人間と何ら変わらなければ、誰がそこに座ってもよいではないか──そう考える者も出てくるかもしれない。

 あるいは、イデアメリトスの魔法の力を持つ親族による、乗っ取りが起こりうるかもしれない。

 そうなれば、戦乱の火種となるのだ。

 それだけは起こしてはならぬと、父は言う。

 だからこそ、アディマに必ず魔法の力を持つ子を何人か成せ、と。

 その子らがいれば、後は国が乱れない程度に、好きな女をはべらせればいいとまで言い放ったのだ。

 アディマには、時間がある。

 髪を伸ばし続ける限り、長い長い時間を持つことが出来る。

 だが──ケイコは違う。

 彼女は、いま30を越えているという。

 可愛らしく見える彼女だが、アディマの時間からすると、またたく間に年を重ねていくだろう。

 老いても、彼の側にいればいい。

 にこにこ笑いながら、そこにいてくれればいい。

 しかし、彼女を思えばこそ、不義理もしたくなかった。

 他の妻を娶りながら彼女を愛すのは、ひどい仕打ちに思えたのだ。

 だからこそ。

 アディマは、ロジューの提案した言葉を掴んだのだ。

 イデアメリトス家の最大の譲歩に、賭けるしかなかった。

 ケイコには、それを蹴る権利がある。

 アディマの不甲斐なさに、怒る権利がある。

「あのね…アディマ」

 そんな彼に向けて、ケイコが言葉の糸を織る。

 どんな布地が織り上がるのか、彼はただ黙って待たなければならなかった。

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