アリスズ

「私…イデアメリトスでなくても…アディマのことが好きよ」

 とぎれとぎれの、ケイコの言葉。

 素直で素朴な声が、アディマへの思いを綴ってくれる。

 ああ。

 その声を、彼は心に刻む。

 ひとつひとつが、ケイコの心で出来ている音だ。

 彼女は、最初からイデアメリトスを必要としていない。

 名誉も富も、何ひとつケイコは欲しがっていなかった。

 ただ、そこに植物があって、それと戯れていられれば幸せな女性なのだ。

「ええと…でもね…」

 否定の言葉がつながるのを、アディマは目を伏せないように耐えながら待つ。

「私…イデアメリトスのお妃様とかには、向いてないと思うの」

 まつ毛が、震える。

 胸に渦巻く苦しさに、目を閉じたがっているのだ。

 だが、踏みとどまる。

 しっかりと、踏みとどまる。

 彼は、イデアメリトスの唯一の世継ぎだ。

 たとえ心が砕けようと、立ち続けなければならない。

「お妃様には…なれないと思うんだけど…」

 逡巡する、唇。

 その。

 唇が。

「えと…アディマの子供なら…産みたいな」

 不思議な音を、織り上げた。

 はっと、彼女の顔を見つめる。

「あっ、いや…産まれる子供が、魔法の力があるとかないとか…そんなことは…どうだっていいの」

 視線にびくっとしながら、ケイコは声を跳ねさせて言い訳めいた言葉を吐く。

 彼女から目を離せないまま、アディマは奥歯で彼女の音を噛みしめた。

 それは。

 ケイコが、純粋に彼の子を産みたいと──そう言っているようにしか、聞こえなかったのだ。

 イデアメリトスの、ひどい条件など、何一つ関係なく。

 ああ、ああ。

 ただ、彼のことを愛していると。

 こんなに痛いほど深い『ただ』に、これまで一度も出会ったことがなかった。
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