アリスズ
☆
帰りの荷馬車の中。
「さて…旦那が必要だな」
アディマと別れた余韻で、景子が少ししょんぼりしていると──ロジューが突然、変なことを言い始めた。
「は?」
彼女の視線は、こっちを見ている。
「いや、お前に旦那がいるなと思ってな」
ロジューは、いたって真面目に考えている顔だ。
「お前の言うように、妊娠しているというのなら、夫がいないというのも怪しまれるだろう」
名目上の夫が必要だ──そう、彼女は言うのだ。
い、いらないかも。
ケイコとしては、そこは抵抗したいところだった。
「あの…無理には…別に…」
もにょもにょと、口の中で歯切れの悪い音を呟くと、彼女の睨みが上から飛んでくる。
「お前が、ずっとうちの屋敷に閉じこもっているならば、それもよかろう。もう農林府に行くのも、諦めるというのならばな」
言葉は、鋭かった。
鋭く、景子の痛いところを刺すのだ。
「役所はな…お前が思っているよりうるさいところだ。お貴族様が、上から仕切っているんだぞ。そこに、ド平民のおまえが、ふしだらにも誰が相手か分からない子を孕んで出勤したら…どうなると思う?」
極限まで細められたロジューの金褐色の目が、彼女を水平に斬ろうとする。
あうあう。
景子の脳裏には、あの顔色の悪い上司が浮かぶ。
確かに、彼に理解してもらえるとは思えなかった。
かろうじて同僚のネイディが、いやな顔をしつつ放置してくれる、くらいか。
「腹が大きくなろうが、好きなことをしていい。愚甥のことは気にするな。農婦たちを見てみろ。臨月のギリギリまで働くんだぞ」
ロジューは、景子を甘やかそうとしていたアディマを睨むかのように、あらぬ空間に向かって顔を顰める。
確かに、ずっとおとなしくしているのは、彼女にも合いそうになかった。
「まあ、心当たりはある。まかせておけ」
ふふん。
彼女は、何か悪いことを思いついた顔で鼻を鳴らす。
何か。
いやな予感がした。
帰りの荷馬車の中。
「さて…旦那が必要だな」
アディマと別れた余韻で、景子が少ししょんぼりしていると──ロジューが突然、変なことを言い始めた。
「は?」
彼女の視線は、こっちを見ている。
「いや、お前に旦那がいるなと思ってな」
ロジューは、いたって真面目に考えている顔だ。
「お前の言うように、妊娠しているというのなら、夫がいないというのも怪しまれるだろう」
名目上の夫が必要だ──そう、彼女は言うのだ。
い、いらないかも。
ケイコとしては、そこは抵抗したいところだった。
「あの…無理には…別に…」
もにょもにょと、口の中で歯切れの悪い音を呟くと、彼女の睨みが上から飛んでくる。
「お前が、ずっとうちの屋敷に閉じこもっているならば、それもよかろう。もう農林府に行くのも、諦めるというのならばな」
言葉は、鋭かった。
鋭く、景子の痛いところを刺すのだ。
「役所はな…お前が思っているよりうるさいところだ。お貴族様が、上から仕切っているんだぞ。そこに、ド平民のおまえが、ふしだらにも誰が相手か分からない子を孕んで出勤したら…どうなると思う?」
極限まで細められたロジューの金褐色の目が、彼女を水平に斬ろうとする。
あうあう。
景子の脳裏には、あの顔色の悪い上司が浮かぶ。
確かに、彼に理解してもらえるとは思えなかった。
かろうじて同僚のネイディが、いやな顔をしつつ放置してくれる、くらいか。
「腹が大きくなろうが、好きなことをしていい。愚甥のことは気にするな。農婦たちを見てみろ。臨月のギリギリまで働くんだぞ」
ロジューは、景子を甘やかそうとしていたアディマを睨むかのように、あらぬ空間に向かって顔を顰める。
確かに、ずっとおとなしくしているのは、彼女にも合いそうになかった。
「まあ、心当たりはある。まかせておけ」
ふふん。
彼女は、何か悪いことを思いついた顔で鼻を鳴らす。
何か。
いやな予感がした。