アリスズ

 その小屋は、ジャングルの向こうにあった。

 景子がまだ、踏み込んだことのなかったところだ。

「スレイピッドスダート!」

 その小屋の戸を、ロジューは押し開ける。

 中にいたのは、目深にかぶったフードとローブで、全身を隠した男だった。

 この中暑季地帯で、こんな恰好をしている人間などいないので、その姿は異様にさえ感じる。

「ロジューストラエヌル…」

 ため息混じりのその声は、「今度は何だ」とでも言いたげだった。

 いつも、厄介事を持ちこまれているのだろうか。

 そのフードの中の瞳が、オマケの景子を映す。

「これがケーコだ…お前の妻役になる女だ」

 顔くらい、知ってないといけないだろう。

 腰の引けている彼女を、ロジューは前に押し出した。

 ああ。

 前に言っていた、夫役という人への紹介だったのか。

「あの…お手数かけます…」

 おそるおそる、景子は頭を下げた。

 こういう相手を前に、どんな顔をしたらいいのか、さっぱり分からない。

 見ず知らずの人が、自分の夫ということになっているのだから。

「知っている…」

「お前が知っていても、ケーコはお前を知らない。さあ、フードを取って顔を見せてやれ」

 男の不機嫌な声にも構わず、ロジューは畳みかけた。

 やれやれ。

 彼は、うるさそうにしながら、その両手をフードにかける。

 その時点で、既に分かることがあった。

 両手は、アディマやロジューよりももっと、黒に近い褐色をしている。

 そして。

 手から手首という、見える狭い範囲でも既に、多くの傷を持っていた。

 フードが取り払われると。

 そこには。

 沢山の傷の刻まれた顔と、二度と何も映さないだろう大傷の走る左の目。

 恐ろしい修羅場を、その身で知っている男だった。
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