アリスズ

「ちょっと顔は怖いが、うち一番の腕利きだ。ケーコが都に行く時は、護衛として連れていけ」

 周囲には、旦那と同伴に見える──ロジューは、軽やかに笑った。

 景子が、身重でも働くことを見越して、彼女なりにきちんと人選をしてくれたのだろう。

「ありがとうございます…スレイ…ええと」

 スレイピッドスダートと言おうとしたのに、記憶と唇がうまく合致しなかった。

「呼び方は、何でもいい」

 ため息をつくのが、彼のクセなのだろうか。

 それとも、ロジューと一緒にいると、そうならざるを得ないのだろうか。

 だが、彼は不思議な男だった。

 イデアメリトスの女性に対して、まったく敬う仕草も見せず、「様」さえもつけないのだから。

「普通は、夜しか出歩かない男だが…呼びつければ、一応昼間でも動く」

 好きに使っていいぞ。

「ロジューストラエヌル…」

 いい加減にしろ。

 言外にその音を響かせながら、彼女の名を呼ぶ。

「昨夜、そう、約束しだろう?」

 金褐色の瞳は、一切ひるむことがない。

 言葉は、念を押すように一音ずつ強く刻まれるのだ。

 昨夜。

 その言葉に、はっと景子はスレイを見た。

 まさか、と。

 その視線に気づいたロジューが、ニヤリと口の端を上げる。

 ええええーーー!

 驚きのあまり、彼女は不躾なほど一生懸命、スレイという男の顔を見てしまった。

 素早そうな体つきの男だった。

 ダイのような巨体ではなく、骨に筋肉だけつくと、こんな風になるんだろうかというような、独特の反りと流線。

 景子より年上には間違いないというのに、黒豹のようなしなやかさをその身に維持し続けている。

「立場上は、私の従者…だ。言う事を聞かすには、いろいろ面倒なのだがな」

 まるで。

 野生動物を飼育しているかのように、ロジューは彼を見る。

「あ、あの…おめでとうございます」

 右目に見返された景子は、慌てふためいて、ついそんなことを言ってしまった。

「……めでたい?」

 怪訝に繰り返す彼に、ロジューはニヤニヤしているだけだった。
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