アリスズ

「すみません、桜の苗はありますか?」

 やっぱり二人をじっとみていた景子に、着物の和風美人が再度声をかける。

「あ、は、はいっ」

 彼女は、もう一度我に返らなければならなかった。

 そして、慌てて裏の苗置き場の方へと駈け出すのだ。

 もう一つ、二人には気になることがあったのだが、仕事が優先だった。

 桜の苗かぁ。

 自宅に、桜の苗を植える人は、実は多くはない。

 造園に関わるものに相談すれば、まず止めるからだ。

 非常に大きくなりやすく、虫の被害も出る。

 更に、縁起も悪いと言われるからだ。

 だから、公共の場所に植える以外に売れることが少ないので、身近で扱っている店も少ないのである。

 時折、私有地以外に植える理由で、買いに来るお客もいるということで、祖母の趣味の延長のような形で、この店では数は少ないが扱っていたのだ。

 でもまあ。

 一番、春を目指す力の強い光の、小さい苗を抱えながら、景子はあまり心配していなかった。

 もし庭に植えるとするならば、きっと縁起のことも理解した上で植えるのだろうし、庭も大きいに違いない。

 そう、空想したのである。

 二人の姿が、それを象徴している気がした。

 あんな風情のある、悪く言えば酔狂な格好を、高校生の双子にさせるような家なのだから。

 何か、おめでたいことがあったのかな。

 着物の方からは、そんな華やかな気配が漂っていた。

 ただ、袴の方からは。

「お待たせし……」

 抱えた苗を持って、表へと戻ってくる。

「桜のために、こんなところまで来る必要はないだろう?」

「いいのよ、私が祝いたいんだから」

 二人は、割って入りづらい微妙な空気で会話を交わしていた。

 袴の方が、着物を気遣っている様子だ。

 確かに、着物の女性は若々しい気を持ってはいたが、その光にまた微かな陰りも帯びていた。

 余り、身体が丈夫ではないのだろう。

 二人の視線が、ゆっくりと戻ってきた景子へと飛ぶ。

 着物は、微笑んで。

 袴は、ふっと目をそむけた。

< 3 / 511 >

この作品をシェア

pagetop