アリスズ

 梅が、残ると言った。

 それに一瞬、菊は驚いたが、よく考えるとそれは理にかなっていて。

 梅の体力では、徒歩の旅など無理だ。

 それは、生まれた時からの、彼女を縛る鎖でもあった。

 菊が元気に雪の中を駆け回っている間、梅はいつも床にいた。

 肺が弱く、長く歩いたり走ったり出来ない身体だったのだ。

 だから。

 家を継ぐのは、自分だろうと。

 漠然と、菊はそう思って育ってきた。

 梅が動けない分まで、自分がしっかりと家を継ごう。

 女である自分を、忘れたわけではない。

 男になりたかったわけでもない。

 ただ、菊は強くなりたかった。

 双子の梅に対して、自分だけが健康であることを後ろめたく思ったことなどない。

 その分、山基流という重い荷物を背負う気だったのだから。

 それで──うまくいくはずだった。

 弟が生まれた。

 祖父が言った。

『待ちに待った山基流の跡取りじゃ!』

 突然。

 菊は、することがなくなった気がした。

 梅を始めとする、家族みんなが喜ぶ中、彼女は少しぼんやりしていたのだ。

 腰を痛めた祖父の代わりに定兼を預かり、梅と一緒に産院に母を見舞いに行く時。

 急に梅が、「祝い品が買いたい」と言いだしたのだ。

 定兼で十分だというのに、彼女は花屋に向かった。

 花くらいならいいだろうと思ったら、手ぶら戻ってきてこう言うのだ。

『隣町の花屋さんなら、桜の苗を扱ってるらしいわ』

 それが、運命だったのか。

 梅、菊、そして花屋の景子。

 三人で、突拍子もない世界に来てしまった。

 ただ。

 ここは、菊にとっては、とても好都合な場所だったのだ。

 こうるさい日本の法律もなく、猛々しい敵もいて。

 自分が戦える場所がある、というのは、彼女にとってこの上なかった。

 そうか。

 ここは──私が望んだ世界か。
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